森をつなぐ
森林由来J-クレジット創出に向けた取り組み
全国初の「塩谷町モデル」に挑む【第1回・前編】
栃木県の塩谷町は、2026年2月12日(木)に町内に森林を所有する人を対象とした説明会を開催しました。その内容は、町が町有林でJ-クレジットの創出に取り組む報告と、このプロジェクトへの参加の呼びかけです。塩谷町は町有林に加えて、個人での参加が難しい私有林を束ねたJ-クレジットの創出を構想。収益を個人の所有者に「現金で還元する」という先駆的なスキームを打ち出しました。この取り組みは、塩谷町が抱える大きな課題解決に向けた一歩であると同時に、全国の私有林の問題に対するモデルケースになる可能性を秘めています。
町面積の約6割を森林が占める林業で栄えた塩谷町
宇都宮駅から車で北へ約1時間。宇都宮市の北隣に位置する塩谷町は、農林業を基幹産業とする豊かな自然に育まれた町です。栃木県は昔からヒノキの生育地の最北限として優良なヒノキを生産していました。その中でも、現在の塩谷町内の船生(ふにゅう)地区から伐り出される原木丸太「船生ヒノキ」は、東日本有数の良材として高い評価を得た歴史を有します。20軒近くもの製材所が稼働し、町内を流れる鬼怒川や荒川といった水運を利用して、宇都宮や東京の木場まで運ばれ、各地の建築を支えました。

塩谷町北部にそびえる高原山の山麓は戦後、スギ、ヒノキの造林が盛んに
高齢化と人口減少の進む塩谷町のアクション
しかし、近年は木材価格の低迷や森林所有者の高齢化により街の林業は縮小。手入れの行き届かない「遊休化した森林」が増加してしまいました。町の人口は1960年代をピークに減少が続き、2020年には1万人を下回り、2035年には2人に1人が高齢者になると試算されています。そのような中、塩谷町は自然環境保全や持続可能なまちづくりを基本目標に位置付けた「第6次塩谷町振興計画」を2021年に策定。翌2022年には地球温暖化や気候変動に向けた計画をまとめ、2023年には2050年までのCO2排出量実質ゼロを目指す「ゼロカーボンシティ宣言」を表明しました。

前例のない森林由来J-クレジットの創出を目指す
その中核事業として位置づけられたのが、森林由来J-クレジットの創出に向けたプロジェクトです。塩谷町、地元のたかはら森林組合に加えて、住友林業、NTTドコモビジネスの4者は「森林資源を活用した環境価値創出に関する連携協定」を2025年10月17日に締結。町が町有林と私有林を束ねてJ-クレジットの創出を発表しました。一般的に大きくまとまった公有林と違い、小さな私有林を束ねてJ-クレジットを創出するのはハードルが高いとされています。にもかかわらず、塩谷町は多くの森林所有者の参加を目指し、J-クレジットで得た収益をそれぞれの森林所有者に「現金還元」する国内では前例のないスキームを打ち出しました。

町民と一緒に価値ある山をつくる
塩谷町のゼロカーボンシティ宣言は、2023年11月に開催した、塩谷町役場の新庁舎開庁記念式典において見形和久町長によって表明されています。新庁舎は地元産材のスギやヒノキがふんだんに用いられており、エントランスホールのロビー吹き抜けの天井部分は、トラスが組まれた船底のようなデザインです。見形町長は「真ん中の竜骨を支えるたくさんの枝は、町民を意味しています」と語り、その真意を次のように続けます。「町民が皆でしっかり支えていかないと町政は成り立ちません。J-クレジットプロジェクトでは、一人でも多くの森林所有者に自分の山が少しでもお金に変わることを実感してもらい、再び山へ目を向けてもらうきっかけをつくりたいと考えています」。

小さくても成り立つ日本らしいスタイルの確立を目指して
そのような思いを強くした要因として、見形町長は近年の異常気象による自然災害を挙げました。台風や大雨のたびに、町内の河川が氾濫して役場職員が出動する状況が頻発。地球温暖化への対応や河川の川上にあたる森林の管理の大切さを痛感し、ゼロカーボンシティ宣言の表明へとつながったそうです。失われつつある山への関心を再び——。そのための大きな一手が私有林も巻き込んだ町ぐるみで取り組むJ-クレジットプロジェクトです。塩谷町では名水百選にも選ばれている町内の尚仁沢湧水(しょうじんざわゆうすい)の水が商品化され、地域に利益を生んでいます。それと同じように、木材や森林でも価値を生み出せる環境をつくりたいと見形町長は語ります。「小規模であっても、地域で助け合いながら農林業を維持し、健やかな地域を次世代につなぐ『日本らしいスタイル』を残していくことが本質的な目標です」(見形町長)。

<塩谷町モデル>森林面積の大部分を占める私有林を何とかしたい
塩谷町のJ-クレジットプロジェクトを現場で指揮するのは、産業振興課で林務を担当する黒田明典氏です。当初は町有林、約200ヘクタールの有効活用策としてJ-クレジットを調査していました。しかし、制度を知るにつれて個人の森林所有者が単独で参加するには、ハードルが高過ぎると考えるようになります。これでは町内の森林の大部分を占める約6500ヘクタールもの私有林は、その多くが手だてのないまま遊休化していくー。その強い懸念が「塩谷町モデル」の原動力であり、「現金還元」の発案につながりました。業務に取り組んでいた黒田氏は、新聞記事でJ-クレジットの創出支援や取引支援を行う本プラットフォーム「森かち(住友林業×NTTドコモビジネス)」の存在を知り、住友林業へコンタクトを取りました。これをきっかけに、「森かち」を運営する住友林業が、塩谷町のプロジェクトをサポートすることになります。
