森をつなぐ

森林由来J-クレジット創出に向けた取り組み

全国初の「塩谷町モデル」に挑む【第1回・後編】

事例

塩谷町は、町内に森林を所有する住民らに呼びかけ、町有林に私有林を加えた町民参加型ともいえる森林由来J-クレジットの発行を目指しています。一人でも多くの賛同者を得られるよう塩谷町が考え出したのが、個人の所有者に「現金で還元する」という先駆的なスキームです。しかし、小さな民有林を束ねて発行に至るには、制度の技術的な問題、個別対応という作業上のハードルなど、いくつもの壁が見えてきました。これから塩谷町と当プロジェクトのパートナーである「森かち」は、発行に向けて一つひとつ、課題を乗り越えていかなければなりません。

塩谷町は面積の6割近くを森林が占めています

林業全体に通じる大きな意義を有した茨の道

塩谷町を支援する住友林業 資源環境事業本部 森林技術部の曽根佑太氏は、黒田氏から「私有林への危機感」を伝えられた際、深く共鳴したと語ります。「J-クレジットの発行が大きな公有林ばかりで進み、本当に手を付けるべき『細分化された私有林』の課題にケアできていない現状に強い課題意識を持っていました」(曽根氏)。茨の道であることは認識しながらも、自治体の担当者が私有林の取りまとめに果敢に挑戦する志しを受けて、社内でもネガティブな意見は出ず全力で支援することになりました。「森かち」チームは塩谷町の森林資源のデジタル化をはじめ、データ収集や資料作成の効率化を担当。併せて、森林組合などの関係各所との調整をハンドリングするなど伴走支援を開始しました。

住友林業も社内で私有林問題は以前から議論を重ねていたと語る曽根氏(写真左)

私有林に立ちはだかる厳格なJ-クレジット制度の壁

J-クレジットの発行対象森林になるには、その森林が適切に管理されてきたことを示す施業記録が必要となります。そのため先ずは、私有林の中でも地元の「たかはら森林組合」に管理を委託している森林所有者に参加を呼びかけることになりました。しかし早速、大きな壁に直面します。J-クレジットでは制度上、認証対象期間に主伐を行うと「CO2を排出する行動」として扱われ、CO2吸収量が減少する仕組みとなっています。その点を考慮して、今回の塩谷町のプロジェクトでは認証対象期間の8年間は、参加者に主伐を制限してもらう運用設計としました。一方で、J-クレジットは森林所有者ごとの登録であり、「この場所は主伐をしたいので、クレジットの対象範囲から外して残りを登録する」などといった恣意的な区分が認められていません。これらの点から今後、木材生産を促進していきたい森林組合の意向と対立してしまい、クレジット創出に向けた協力体制の構築が難しいのではないかと懸念されました。

塩谷町を含む5市町を活動区域とするたかはら森林組合は皆伐施業が事業の軸

「森かち」が知見とデータで運営や交渉をサポート

先ず「森かち」チームが行ったのは、栃木県の航空レーザー計測のデータを基にした塩谷町の森林の分析です。その結果、条件が良く実際に伐採可能な面積と、現在年間で伐採されている面積を比較することで、J-クレジット事業を実施しながら森林組合の伐採事業を継続していくポテンシャルが十分にある点を説明しました。また、森林組合の意向を踏まえながら、森林資源の量や樹齢などをデータで管理し、「木材生産に適した森林」と「CO2吸収機能を発揮させるクレジット用の森林」にゾーニングを実施。これにより、木材収益とクレジット収益のバランスを両立する道筋があることを提示しました。さらに、認証対象期間の8年が過ぎれば、9年目からは主伐が可能となることなど、町内の森林を舞台に細かくシミュレーションを繰り返すことで、関係者との調整が軌道に乗り、プロジェクトを前進させる合意に至りました。

林業DXでJ-クレジット創出を支える森林価値創造プラットフォーム(森かち)

説明会を山を見直すための新しい船出に

すべての座組を整えた上で、塩谷町は「たかはら森林組合」に管理を委託している約280名の森林所有者に対して、事業説明会への参加の案内を送りました。2026年2月12日の説明会の当日、町役場の会場を設営しながら黒田氏は、「全然、人が集まらなかったらどうしましょうか」と冗談交じりに心境を吐露。しかし、受付時間になると「入りきれなかったらどうしよう」という真逆の心配に変わりました。用意した約60席ちょうどの人数が着席すると、「塩谷町森林由来J-クレジット創出事業」の説明が始まりました。先ずは自身も町内の森林所有者である見形町長が「もう一度、山を見直してもらうための新しい船出の日にしたい」と説明し参加者に協力を熱く呼びかけました。

所有林に対する課題意識を多くの人が持っていることを確認できる場になりました

続いて、住友林業の曽根氏が事業の具体的な説明を行いました。所有者は費用ゼロで「山を持っているだけで収益が得られるかもしれない」というメリットを語る一方で、参加した場合に課せられる非常に厳しい条件や、8年間の収益だけを考えた時は主伐した方が利益が何倍にもなるケースなど、包み隠さず説明しました。最後の質疑応答では「入り組んだ境界問題」や「複雑な制度要件」などに関する疑問がいくつも投げかけられました。まさに、日本の私有林問題を解決することのハードルの高さを浮き彫りにするような内容と様子でした。しかし、黒田氏は「収益の高い主伐を選ぶ所有者が多かったとしても、今回を契機に放置されていた山に目が向けられて、適正に管理と若返りが進むのであれば、半分は目標を達成しています」と前向きに捉えています。塩谷町と「森かち」にとってもこの日は新たな船出です。対象となる約280名への意向調査と合意形成を進めながら、困難な私有林対象のスキームの実現に向けて進んでいきます。【第2回へと続く――】

質疑応答では制度や取り組みに対するいくつもの質問がありました